2018/12/20

専門家向けメディア紹介「対象関係論の基礎」

精神分析学:上級以上向け

今回紹介する「対象関係論の基礎―クライニアン・クラシックス」はあまり入門者向けの本ではありません。そう言われると、読みたくなる人も、実力がつくまでとっておく人も、もし臨床学問として読まれるなら、ぜひ臨床実践をまがりなりにもできるようにしながら読むことをお勧めします。

精神分析的心理療法は、セッティングの中での治療者の姿勢論としてはともかく、臨床実践治療学だと思いますし、そのツールにするためのヒトの心の交流の動きを理解する学問だと思うからです。


その援用としての文化論や、思弁哲学的論考はオプションにはなっても、本筋と異なるように感じます。外科学が医療文化論や医療批評学とは本質的には異なるのと同様に。

ややこしい書き出しをしましたが、入門にはもっと軽めの簡単な本を1,2冊、そしてその後、もう一段詳しいのを1,2冊読めば十分だと思います。それに、もしあなたが技法的な専門家になりたいとしたら、その先は技法書を読み進めるのが優先されるような気がします。ただ、あなたが思索的研究好きなら、実践しながらは同様なのですが、その中でこの本や論文を読み進めるのがうってつけだと思います。

ところで、なぜこの本が入門者に向かないか?それは、この書籍の中に収められている論文の著者たち及び各論文の主題が、精神分析的実践で転移の深いところ(本書に収載されているストレイチーの言葉を借りるなら「解釈の第2相」を用いるところ)までたどり着いたことがないと実感が湧きようもないものだからです。繰り返しになりますが、それでもこうした論考がお好きな方は、読みながらなんとか実践に向かえるよう、年余の努力が続くことを祈ります。

個人的体験の中で、似た感覚の領域まで関わりを深めた人はいるかもしれませんが、それを精神分析的臨床の中で検証しながらたどり着いたことがないと、今度はそのプロセスをなぞりにくい印象です。

この論文集は珠玉のものであることは確かです。それは、タイトルにある「基礎 basic」というよりも「根幹や基盤 foundation」という意味で、ではないかな?と考えさせられました。

監訳者の松木先生のアイデアと思いますが、基礎的な用語や事項の脚注はとてもわかり易いですし、各論文の前後に置かれた解説も歴系統学や概論的にとても洗練されていますから、それらで座学されるのは楽しそうですね。

一つだけ、中の論文について述べるなら、ハインマンの「正常な逆転移」についてにしたくなります。この論文が書かれた頃の潮流は、時代的に必然なものだったように思います。ですが、どの論文も珠玉と評されるものは、必ず軽めの流行を生むもので、これらの論文はその後、たくさんの論考に取り上げられ、ちょっと浮薄な取り入れの対象になったのは言うまでもありません。残念ながら、その功罪両面あることに関して、本書の解説には出てきません。私見ですが、それを補うのによいのは、同じく本書に収載されているグリーンバーグの同様の方向性の論文を読み込むことかもしれません。その堅めの論考(ですが、しっかりした実践に根ざしています)も咀嚼できたなら、ハインマンのこの読みやすい論文も気軽にはノってしまわずにすみそうです。

崇拝するためでなく、実践をしながら、自分たちの経験と共通部分をみつけて安心するためだけでもなく、懐疑的に何度も読みたい1冊です。