2018/12/20

【臨床Tips】献身と強い罪悪感:心理療法への入り口

あるケースとの入口での素描を書いてみます。いつもながら、大分改変しており、フィクションと言ってもよいかもしれません。

このケースでは躁うつ気質がありました。すごく一生懸命、真剣に、落ち着いた大人、しかもしっかりした専門性とその責任を担うことをやり続けている人でした。周囲にすごく尊敬されると言うよりは、少し控えめにみえ、でも年齢相応の自信はありそうでした。周囲に厳しくあたることはない人柄でもありました。



その人は、ともすると本当に命を落としかねないほど、ぎりぎりまで頑張ってしまうことがあり、その時もそうした状態に数年ぶりになったために、相談や治療を受ける先を急いで探したのでした。(以前の治療先はなくなっていましたし、対処だけではだめなのかもしれないと思ったそうです。)

3回目の日に、その人の話を聞きながら、内心すごく考える必要がありました。それはそうです。その人が自分で制御できないほどまた参ってしまったら、次は相談を引き受けている期間中に亡くなるかもしれないわけですから。自分の個人的・専門家的経験を総動員して、そして、それを目の前のケースの話の間(ま)や雰囲気、話の内容とからめて、その人が語ったり分かっていそうなことを除外しながら、考えないといけません。それが仕事なのです。

ただ、こうした仕事には2つの取り組み方ができます。扱えないほど大変なことに対処を組み立てる方法と、その複雑難解な在り方をその人の比類のない独自性をつかんで噛み砕いて示す方法です。まあ、おそらくは、どんなにうまくいっていても後者だけに集約できていることは無いのかもしれませんが。

その話の内容を詳しくは述べませんが、そのときには幸いなことに、少し話の感触がつかめました。それはその人がこれまでに話したことや、最近の出来事のみならず、目の前で話している、まさにその時の話しぶりや姿、そして、私の中の蒸気のような感情反応の組み合わせ、どれにもあてはまりそうでしたから、意義がありそうだと思えました。

その人の熱心さは、とても献身的な性格からきているものでした。ですが、もう一つの面が徐々に気になり始めました。いえ、どちらかというと、もう一つの、健康に過ごせているなら誰にでも有り得そうな面が抜けていることが気になったのです。

それは、その人がちっとも偉そうでもないし、プライドが十分とか過剰にとか、表立ってこないことでした。この人は堂々として、他の人よりも明らかに優れた職業的実績があるし、背筋もしゃんとしているのに、なんとなく、プライドと言うか自慢して良い性質というかが、どの観点からも見えなかったのです。それを説明できる可能性として、その人がただ優越感が湧くことに罪悪感を感じるだけではなく、なぜかそれは処罰感の域に至るほど強いということではないだろうか?と浮かんできたのです。

そこで、その人に、「あなたの熱心な、献身的と言って良い姿をみていて、あなたが自分が人より優れていると感じていそうにどこからも見えないのが気になりました。社交的には、そういうのは奥ゆかしい方がよいに決まってますが、内心誇りを持ったり、自分と他を比べて差を実感したり、そんな自分に後ろめたさを内心感じて抑制したり、そんな面がまったくないのでしょうか?」と伝えました。

単純に本当に疑問に感じたので聞いてみたのです。もちろん社交の域は超えているので、大分慎重に言葉を選んだりテンポを取ったりしましたが。

こうした仕事をしていて、時々出会うことですが、驚いたことに、その人はすぐに、それまで深めて話すことがなかった話を連想したのでした。

「今、話を聞いていて旧に思い出したんですが…自分は小さい頃、時々寝込む母親の代わりに ―母はうつになりやすかったんですが、当時の私にはそれは分かりませんでした― だから、母より早起きして、ご飯を作っていました。そうやって尽くしていたのが、私の生きがいでもあったんです」。話しているうちに、その人の目に涙が溢れていました。その人は、その頃のことがきっかけだったのか、それまでにはそうだったのかは分かりませんが、弱い母に尽くしていましたが、同時にその人に頼り敬愛していたのでしょう。ですので、自分が優位に立つことは否認しないと危険な感情になったようでした。

私たちの臨床は、こうした気持ちの流れに出会うことがありますが、精神分析的心理療法での経験はこうした時に役立ちます。ただ、その一つ一つのエピソードは、それほど大きなものではありません。もう少し先に進むと、みなさんもご存知のように、怒りと攻撃性の混交が問題になる時期が来ます。そして、さらにその先には、もっとわかりにくく、もっとどのように過ごせばいいかどこにも参考書や導き手がいない、それぞれの人にオリジナルな時間がやってきます。つまり、今回の話は、中級レベルの上くらいの話なんです。みなさんの参考になればよいのですが。

学会に行ったスタッフ撮影@京都